東京地方裁判所 昭和61年(ワ)11930号 判決 1988年5月26日
原告
古川春夫
被告
細見尊
ほか一名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自金五九二万〇七五〇円並びに被告細見尊についてはこれに対する昭和六一年九月二七日から及び被告大正海上火災保険株式会社については内金一二〇万円に対する昭和六一年六月六日から、内金四七二万〇七五〇円に対する本判決確定の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を各支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件事故の発生
(一) 日時 昭和六〇年一二月二五日午後五時四〇分ころ
(二) 場所 東京都東村山市栄町二丁目九番地先交差点(以下「本件交差点」という。)
(三) 加害車 自家用普通乗用自動車(以下「被告車」という。)
右運転者 被告細見尊(以下「被告細見」という。)
(四) 被害車 自家用普通乗用自動車(以下「原告車」という。)
右運転者 原告
(五) 態様 原告車が、本件交差点に直進するため進入したところ、被告車が、右方道路から本件交差点に後退進入し、被告車後部が原告車右側後部に衝突した。
(六) 結果 原告は、本件事故により、昭和六〇年一二月二六日から昭和六一年八月八日までの間に入院二三日間、実通院日数一〇二日間の加療を要する頸椎捻挫の傷害を受けた。
2 責任原因
(一) 被告細見は、被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたものである。
(二)(1) 被告大正海上火災保険株式会社(以下「被告大正海上」という。)は、ナカムラサダヨシとの間で、昭和五九年七月一二日、被告車につき自動車損害賠償責任保険契約を締結した。
(2) 被告大正海上は、被告細見との間で、被告細見を被保険者として自動車保険契約を締結したものである。
右自動車保険契約上、保険会社は、被保険者の負担する法律上の損害賠償責任が発生した場合で、かつ、損害賠償責任の額について被保険者と損害賠償請求権者との間で判決が確定したときは、損害賠償請求権者に対し損害賠償額を支払う義務がある。
また、被告細見は、無資力であるから、原告は、民法四二三条に基づき、原告の被告細見に対する前記損害賠償請求権を保全するため、被告細見の被告大正海上に対する右自動車保険契約による保険金請求権を被告細見に代位して行使する。
3 原告の損害
原告の前記受傷に伴う損害の数額は次のとおりである。
(一) 治療費 金六六万一〇六〇円
(二) 入院雑費 金一万三八〇〇円
一日当たり金六〇〇円、二三日分。
(三) 休業損害 金三五五万七六四〇円
原告は、運送業を営業し、昭和六〇年度には年間金五六九万二二二九円(一か月当たり金四七万四三五二円)の収入を得ていたが、本件事故による受傷のため昭和六〇年一二月二六日から昭和六一年八月八日までの二二六日間の約七・五か月間休業せざるをえず、金三五五万七六四〇円の損害を被つた。
(四) 慰藉料 金一一五万円
(五) 弁護士費用 金五三万八二五〇円
4 原告は、被告大正海上に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)一六条に基づき、本件事故による損害賠償額の支払を請求したが、被告大正海上は昭和六一年六月五日これを拒絶した。
よつて、原告は、被告らに対し、自賠法三条、一六条、前記自動車保険契約及び民法四二三条に基づき、各自前記3の損害合計金五九二万〇七五〇円並びに被告細見尊についてはこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年九月二七日から及び被告大正海上火災保険株式会社については内金一二〇万円に対する昭和六一年六月六日から、内金四七二万〇七五〇円に対する本判決確定の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実について、(一)ないし(五)は認め、(六)は否認する。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は否認する。
4 同4の事実は認める。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証、証人等目録記載のとおり。
理由
一 請求原因1(一)ないし(五)の事実及び同2の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで請求原因1(六)の事実について判断する。
1 右争いのない請求原因1(一)ないし(五)の事実に原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二号証、同原本の存在及び成立の認められる甲第三、第四号証、成立に争いのない乙第一、第四号証、第七号証の一ないし四、原本の存在及び成立に争いのない乙第五号証及び原告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)を総合すると次の事実を認めることができる。
(一) 昭和六〇年一二月二五日午後五時四〇分ころ、原告は、原告車を運転して本件交差点を直進するため時速約二〇キロメートルの速度で進入したところ、被告細見は、被告車を運転して右方道路から方向転換のため時速約五キロメートルの速度で後退してきた。原告は、後退してきた被告車を発見し、制動措置をとつたが間に合わず、被告車右後部が原告車右側後部付近に衝突し、原告車は衝突地点から一五・九メートル先の道路左側に停止した(本件事故)。
(二) 原告は、本件事故当日、久米川病院を訪れ頸部に疼痛を訴えたため、同病院は、頸部捻挫と診断し、原告の頸部に湿布等の治療を施した。更に、原告は、翌一二月二六日から昭和六一年八月八日まで、蓮村整形外科医院において、頸部捻挫の診断名で、湿布処置、介達牽引、鍼及び内服薬投与等の治療を受けている(うち昭和六一年一月一〇日から同年二月一日まで入院、その余の期間は通院。)。
原告本人の供述中右認定に反する部分は措信することができない。
2 ところで、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一五号証、成立に争いのない甲第一六号証、被告車の写真であることに争いのない乙第二号証の一ないし三、原告車の写真であることに争いのない乙第三号証の一ないし五、前記乙第四、第五号証、証人石川道雄の証言により真正に成立したものと認められる乙第六号証、成立に争いのない乙第八号証及び証人石川道雄の証言によれば、頸部捻挫(いわゆる「鞭打ち損傷」)は交通事故その他を原因とした外的物理力(衝撃力)によつて、急激に頸部に引き起こされた鞭打ち運動(鞭がしなるように過伸展・過屈曲を引き起こす運動)の結果、頸部の軟部組織が損傷されて生ずるものであること、被告車が原告車に衝突した速度は時速約五キロメートルに過ぎず、その際、原告が受けた衝撃力は極めて軽微であつたと推定されること、原告の主訴は頸部の疼痛、頭重感、背部痛等であるが、いずれも自覚症状であり、事故当日の久米川病院の診察及び事故翌日の蓮村整形外科医院の診察において、神経学的に異常な所見はないこと、久米川病院及び蓮村整形外科医院で撮影したレントゲン写真によれば、原告の頸部には本件事故とは無関係と考えられる軽度ないし中程度の退行変性が認められ、右退行変性だけで原告の主訴は生じうるものであること、以上の事実が認められる。
そうすると、本件事故によつて原告が受けた衝撃は極めて軽微なもので、右程度の衝撃で原告に頸椎捻挫の傷害が発生することは通常では考えがたいところであり、他方、原告の主訴は本件事故とは無関係の退行変性によるものとの疑念を容れざるをえないのであつて、結局、原告が本件事故の結果頸部捻挫の傷害を受けたものと認めることは困難といわざるをえない。したがつて、原告が本件事故により頸部捻挫の傷害を受けたことを前提とする本訴請求はすべて理由がないものといわざるをえない。
三 結論
よつて、その余の点について判断するまでもなく、本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡本岳)